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大津地方裁判所 平成9年(ヨ)45号 決定

債権者

甲野太郎

右代理人弁護士

玉木昌美

近藤公人

債務者

フットワークエクスプレス株式会社

右代表者代表取締役

大橋渡

右代理人弁護士

福島正

竹林節治

畑守人

中川克己

松下守男

主文

一  債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成九年三月から本案の第一審判決言渡に至たるまで、毎月二五日限り、一か月二八万円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立を却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一  申立の趣旨

一  主文一項及び四項同旨

二  債務者は、債権者に対し、平成九年三月から毎月二五日限り三五万四二六六円を仮に支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、大津市に居住し、債務者の大津店で集配業務に従事していた運転士の債権者が、和歌山の支店への転勤命令を拒否したため受けた懲戒解雇に対し、不当労働行為、権利の濫用等を主張して、雇用契約上の権利を有すること及び賃金仮払いの仮処分を求めた事案である。

二  争いのない事実及び基本的な事実関係

1  債務者(平成二年一月、日本運送株式会社から社名変更)は、兵庫県加古川市に本店を、全国各地に支店等を置き、トラック、トレーラー等による陸上貸物運送を業としており、従業員数は約六二〇〇名である。

大津市内に居住する債権者は、昭和五八年四月債務者に運転士(営業管内の集配、配送)として仮採用され、同年七月一六日に本採用されて、二トン車で大津市堅田一円の集荷、配送業務に従事し、平成八年二月からは四トン車で同業務に従事してきた。

2  債権者の給料は、毎月一五日締めの二五日払いで、平成八年七月分から平成九年二月分までの給料の平均は三五万四二六六円(税込、社会保険料を控除しない額)であり、過去に懲戒処分を受けたことはなく、勤務態度も特に問題はなかった。

3  債権者は、平成八年二月ころ、それまで所属していた多数組合のフットワークエクスプレス労働組合から、全日本運輸一般労働組合フットワークエクスプレス新労組支部へ移り、分会長に就任した。当時、分会員は債権者のみであった。

4  債務者は、平成九年二月一六日付けで、債権者に対し、和歌山市にある阪和支店への配転勤務を命じ、債権者が拒否したところ、債務者は、同年二月二五日付けで、就業規則第一八条違反及び第一四二条・第一号、第一九号該当を理由に懲戒解雇する旨を通告した。就業規則上の懲戒事由としては、譴責、減給、出勤停止、降職、諭旨解雇及び懲戒解雇の六種類がある(疎甲六)。

5  就業規則一八条には、「会社は、業務の必要により、従業員に転勤又は勤務替え及び会社外の職務に従事させるため、出向させることができる。2 業務の必要により転勤させる場合は、原則として、第六条(各社員の定義)の社員区分毎に定められた勤務地の範囲とする。」と規定され、一四二条には「懲戒解雇の基準は次のとおりとする。」とあり、第一号は「上長の指示命令に違反し、無断で職場を放棄する等、職場の統制秩序を乱したとき。」とあり、第一九号には「その他、前各号に準ずる行為があったとき。」と定めている。

6  債権者の家族は妻と高校生の子供二人、母親及び実弟の六人であり、妻が過去にくも膜下出血で倒れて手術を受けたことがあり、現在も通院している。実弟は知的障害者で、施設に通園している。

三  争点

1  被保全権利の存否(配転命令拒否を理由とする懲戒解雇の効力)

(債権者の主張)

本件懲戒解雇は次の理由により無効である。

(一) 労働契約において転勤に関する合意がない。

債権者は将来転勤があり得ることの説明を受けておらず、勤務場所を大津と特定して労働契約を締結したものである。したがって、本件配転命令は労働契約の範囲外のことを債権者本人の同意なしに強行したもので無効である。

(二) 債権者は、平成八年二月ころ、それまで所属していた多数組合のフットワークエクスプレス労働組合から全日本運輸一般労働組合フットワークエクスプレス新労組支部に移り、大津分会長になった。当時の分会員は債権者一人だけであった。債務者は、業務上の必要がないにもかかわらず、御用組合である旧労組の幹部、同僚を利用して、脱退工作のため本件配転命令を強行したもので、不当労働行為に該当し無効である。

(三) 本件配転命令は、債権者の家庭の事情を無視し、業務上の必要もメリットもないのに強行されたもので、権利の濫用として無効である。

(債務者の反論)

(一) 債務者は債権者を採用するに際し、勤務場所を大津店と特定していない。債務者会社においては、運転士についても、日常的に配転が行われており、大津店も例外ではない。昭和五八年当時の就業規則(甲四)の一五条には、「業務の必要により従業員に配転を命じることがある。」旨明記されており、一六条にも配転を明示された従業員の応諾義務を前提とした赴任手続が定められている。

(二) 債権者と旧労組との間の遣り取りは争う。債務者が債権者の同僚や旧労組の幹部と図って脱退工作をしたり、新労組の壊滅を目指す労務政策を講じたことはない。

(三) 昭和六三年の就業規則改正により、債権者は関西ブロック社員になり、和歌山も勤務範囲となった。ところで、阪和支店の管轄下にあった高野口店は平成八年五月末で阪和支店に統合され、管理職以外の従業員六名が全員退職したが、阪和支店では運転士不足で旧高野口エリアを自社で補うことができず、関西ブロックを管轄する関西主幹の指示のもと、京都支店と大津店が協議して人選した結果、債権者の勤務する堅田エリアは高野口エリアと自然的環境、人口分布が似ており、債権者の実績やノウハウが役に立つし、家庭状況も単身転勤を不可能にするほどではないので最適任と判断され、本件配転命令に至った。

2  保全の必要性

(債権者の主張)

債権者は昭和五七年四月から平成九年二月まで真面目に勤務してきた。家庭状況は病気の妻と二人の高校生、母と知的障害者の実弟の六人家族で、経済的には母から毎月五万円を援助してもらうのと、妻のパート収入(月約六万七〇〇〇円)があるほか、債権者が一家を支えている。一か月当たりの生活費は約三五万円要するので、このまま収入がなくなると生活ができなくなる。したがって、債務者からの賃金を収入としている債権者には保全の必要性がある。

(債務者の主張)

賃金の仮払いの仮処分において仮払いを命じる場合は、賃金を上限として、債権者とその家族の経済的困窮状態を脱するのに緊急に必要な限度にとどめるべきである。債権者は自宅建物を所有しているし、債権者の母は、年間約二三七万円の収入があるので毎月の援助額が五万円程度とは考えられない。妻は日常生活に支障がないし、実弟も特に介護の必要はない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(被保全権利の有無・本件配転命令の効力)について

1  まず、債権者は、労働契約において転勤の合意がなかった旨主張するので、この点につき検討するに、債権者本人は審尋において右主張に沿う供述をし、疎甲二三、三二(債権者の陳述書)にも同旨の記載部分がある。これに対する債務者の的確な反証はないが、右合意の有無については雇用契約締結の際の交渉内容とその後の経過等を正確に把握した上でないとわからない。しかし、仮に、右合意がなかったとしても、雇用契約は後に定められた就業規則によって変更されたものと認められる。すなわち、疎甲四、六及び証人川原幸博の審尋の結果によれば、債権者が採用された後の昭和五八年の就業規則で、業務の必要により従業員に転勤又は勤務替え及び会社外への業務をさせるために出向させることがあること(第一五条1項)及び転勤を命ぜられた者の引継と赴任手続(第一六条)が定められたこと、次いで、昭和六三年の就業規則で、社員をブロック社員その他に区分けし、ブロック社員の勤務地をブロック内の店所に限定したこと(第六条)、ブロック社員の賃金体系は、地方社員(居住地から通勤可能な店に勤務する者)より有利であること、関西ブロックの範囲は、滋賀、京都、大阪、西大阪、大阪東、阪和、本社であり、債権者は関西ブロック社員に該当したこと、債務者は右の各就業規則改正の際、点呼時の説明、掲示により改正内容の周知徹底を図ったことが一応認められ、右認定に抵触する債権者本人の審尋の結果、疎甲七、二三、三二、三四は前掲証拠と対比して直ちに措信することができず、他に、右認定を覆すに足りる資料はない。

そして、右就業規則の改正が債権者と債務者との間の労働契約を特に不利益に変更したとか、又は変更の合理性がないものと認める事情は窺われない。してみると、就業規則改正の結果、債権者は阪和を含む関西ブロック内の転勤対象者たる「関西ブロック社員」の身分にあったものと一応認められるので、債権者の前記主張は理由がない。

2  次に、債権者は、本件配転命令違反による懲戒解雇が組合脱退工作を目的とする不当労働行為である旨主張する。前記争いのない事実等及び疎甲二三、三二によれば、債権者は従来多数組合であるフットワークエクスプレス労働組合に所属していたが、債権者の要求に対する組合の対応に不満を覚え、平成八年二月ころ、旧組合を脱退して、全日本運輸一般労働組合新労組支部に移ったことが一応認められる。そして、疎甲九、一〇の1、2、二三、三二には、組合脱退工作を理由とする不当労働行為である旨の記載があり、特に、疎甲二三には債務者による新組合からの具体的な脱退工作について以下の記載がある。すなわち、

(一) 平成八年二月六日、旧組合の奥村分会長は、「何でそんな組合に入るのか。組合を代われ。フットワーク労組に戻れ。」と強要した。

(二) 翌七日、滝本京都支店長と奥村分会長は、「こんな組合に入っても何のメリットもない。会社の友達関係も悪くなるだけや。フットワーク労組へ戻れ。戻る意思があったら、電話するように。」と執拗に工作した。

(三) 同月一四日、前記両名は、「組合代わる気になったか。わしの親心がわからんのか。もう一回チャンスをやるから考えておけ。」と述べた。

(四) 同月二四日、奥村分会長と執行委員が「組合を代われ、集配乗務員の中でお前だけが孤立しているんやぞ。」と述べた。

(五) 同年三月初旬、京都支店執行委員らから「組合を代われ。代われへんねんやったら、もうどうなっても知らん。」と言われた。

(六) 滝本京都支店長が、同年三月二一日の朝礼で、「運輸一般の組合に入っている奴はアホだ。おかしい。新労組の組合合旗を外して燃やしてしまえ。」と攻撃した。

(七) 滝本京都支店長は、同年四月末ころの朝礼で、「運輸一般の組合は会社を潰してしまう会社やなあ甲野。」と名指しで攻撃した。

(八) 同年五月初旬、野嶋新店長から呼び出され、「京都支店長もああ言うておるんやから組合を代われ。」と強要された。

(九) 同年七月一〇日ころ、奥村分会長は、「九月か一〇月に異動があると聞いているし、そうなったらお前は確実にターゲットになるので、今のうちに組合を代われ。」と述べ、翌日にも、衛藤副分会長が「確実に異動がある。」と断言した。

(一〇) 平成九年一月六日、野嶋大津店長から、「組合を代わる意思はないのか。もうわしは西大阪へ行くから、これで最後やから聞いとく。」と組合脱退を迫られた。

また、疎甲一六、一七、二九、三〇によれば、債権者が所属する新労組と債務者との間には、複数の不当労働行為救済申立事件又は地位確認等の訴訟事件が係属していることが認められる。

しかし、奥村分会長、衛藤副分会長、野嶋前大津店長、滝本京都支店長ら関係者の陳述書もなく、同人らの言い分も聞いていない現段階において、債権者の陳述記載を主とする冒頭掲記の疎甲二三等及び右別紛争事件の事実から、直ちに労組幹部者らによる組合脱退工作の事実を認めるには疎明が十分でないというべく、まして、債務者において新労組の壊滅を目指す労務対策を講じたとか、労組幹部らと債務者とが相図って不当労働行為をしたとまで認めるのは早計というべきである。

3 前記争いのない事実に、1、2の事実を総合すると、債権者は関西ブロック社員として阪和を含む関西一円の異動対象者であったが、本件配転命令に違反したと一応認められる。

そこで、本件懲戒解雇が権利の濫用として無効であるか否かにつき検討するに、疎甲九、一一の1、前掲甲二三、三二及び債権者本人の審尋の結果によれば、債権者は、妻と高校生の子供二人、母及び実弟の六人暮らしで、大津市大萱に所有する自宅で六人全員が生活していること、妻は平成七年一月にくも膜下出血で倒れて、開頭手術を受けたことがあり、現在は病状をみながら三か月に一度定期的に通院しており、そのかたわら、パート勤務(月六万七〇〇〇円の収入)に出ているものの、気候の変化による頭痛、ストレス、精神不安による頭痛、身体の疲れによる頭痛がときどきあり、不安を抱えた中で生活していること、実弟は知的障害者(精神薄弱)で、あじさい園という施設に通園しており、収入はないこと、債権者は母から毎月五万円程度の援助を受けているが、家族六人の生活費は主として債権者が債務者から得る賃金で支えており、経済的、精神的にも一家の中心的存在であること、以上の事実が一応認められる。

右事実によれば、債権者は家庭の事情で、単身赴任をともなう配転命令には応じることができない状況にあったものと認められる。

他方、本件配転を命じる業務上の必要性についてみるに、証人川原幸博の審尋の結果及び疎乙一、二、四、一二ないし一四によれば、従来、阪和支店の管轄下にあった高野口店が平成八年五月末日限りで同支店に統合されたこと、同支店は高野口店の従業員をすべて引き取ってシェアを確保する予定であったところ、七名中管理職一名以外の六名が全員退職したため、その補充に難航し、地元で確保することができず、関西主幹に後任の集配運転士の補充を要請したことが一応認められ、右事実によれば、債務者においては阪和支店に運転士を必要とする事情があったことまでは認められる。しかし、その後任として債権者が最適任者であったかどうかについては、大津店に運転士を出せる人的余裕があったかどうかよく分からないし、大津店の従業員の殆どがブロック社員であること(疎甲一一の1)及び前記債権者の家庭事情、新人の福島運転士が債権者の後任として平成八年九月以降堅田方面を担当している(疎甲三二)ことに照らすと、債権者が果たして阪和支店の補充運転士として最適任者であったかどうか強い疑問が残るというべく、堅田方面と高野口方面との地域環境、人口分布の類似性、債権者の経験と実績等により債権者が補充運転士として最適任とする前掲疎乙号証及び証人川原幸博の審尋の結果は直ちに措信することができず、他に、債務者主張の根拠事実を裏付ける的確な資料はない。

以上の事情に加え、債権者がこれまで一四年間真面目に働き、懲戒処分を受けたことはないことを考え合わせると、本件配転命令は権利の濫用として許されないものというべく、したがって、その命令違反を理由とする本件懲戒解雇は無効というべきである。

二  保全の必要性について

前掲疎甲二三、三二、疎乙三、一三、証人川原幸博及び債権者本人の各審尋の結果を総合すると、債権者は、債務者から支払われる賃金と妻のパート及び母からの五万円で六人家族の生計を立ててきたこと、本件懲戒解雇により、本案事件の第一審の判決言渡に至るまで債務者の従業員として扱われず、賃金が受けられないとすれば、家族を含むその生活に著しい支障をきたし、回復し難い損害を生じるおそれがあるが、現在の右危険を回避するのに必要な額は従来の平均賃金の約八割に相当する額で、その仮払い期間も主文一項の期間であると一応認められ、右限度で保全の必要があると認められる。

三  結論

以上によれば、債権者の本件仮処分命令申立は二項の限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は失当であるからこれを却下し、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法九二条但し書、八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官鏑木重明)

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